鎌倉ではたらく太守のブログ

愛犬家で歴オタ、うつつなき者の備忘録。湘南ベルマーレを応援中。

太平記

妖霊星―天王寺のえうれいぼしを見ばや

今夜の大河ドラマ「八重の桜」のタイトルは「妖霊星」。ちょうど大老・井伊直弼が日米修好通商条約を無勅許で調印したことに文句をいいに押しかけてきた徳川斉昭らを蟄居させ、その日、夜空に巨大なほうき星があらわれる、という回でした。なんでも、この「…

赤坂城、千早城の戦い…楠木正成は日本の諸葛孔明か

謹賀新年、本年もよろしくお願いいたします。 ということで、新年はじめての更新は、楠木正成についてじゃ。

正成一人 未だ生きてありと聞召され候はば 聖運遂に開かるべし……

しかし、河内の悪党が大楠公じゃからのう。楠木正成という男、南朝よりの『太平記』はもちろん、北朝よりの『梅松論』でも評価は高く、その悲劇性もあり、今なお、人気を博している。

後醍醐天皇の忠臣・吉田定房…王者は仁を以て暴に勝つ事

吉田定房卿について。 父・吉田経長は亀山上皇、後宇多上皇に仕え、定房も早くから大覚寺統のために働く。後醍醐天皇が即位すると重鎮のひとりとして活躍し、内大臣に昇進。北畠親房、万里小路宣房と合わせて「後の三房」と呼ばれた。 後宇多法皇が院政を停…

倒幕も南北朝の争乱も、すべては後醍醐天皇のわがままから?

今日はちょっと恐れ多いというか、僭越というか、後醍醐天皇についてじゃ。鎌倉幕府の滅亡も、南北朝の騒乱も、すめてこの御方のキャラによるものなのじゃ。

土牢に押し込められた大塔宮・護良親王

鎌倉宮の祭神は護良親王。大塔宮とも呼ばれる。そう、鎌倉幕府討伐に尽力した後醍醐天皇の皇子のことじゃ。

北条高時、長崎父子を粛正し、幕政改革に乗り出すも失敗

北条高時といえば、闘犬と田楽にうつつをぬかし、政治を顧みなかった暗愚な人物、というのが世間一般の見方のようじゃのう。その点については、「太平記」ではかなり大げさに書かれている面があるものの、否定することはできぬ。じゃが、ワシはワシなりに、…

嘉暦の騒動…北条得宗家の家督継承を巡り、世間聊か騒動す

正中3年(1326)3月13日、『鎌倉年代記』にはこう記されている。 正五位下行相模守平朝臣高時所労に依って出家す。 この後世間聊か騒動す。 ワシはもともと蒲柳の質ゆえ、兄弟たちも夭逝している。このころには、病を患い、執権の職もままならなくな…

長崎円喜・高資父子 世の中の大小事、ただ皆この円喜が心のままなれば…

今日は長崎円喜・高資父子について少々。NHK大河ドラマ「太平記」では、フランキー堺さんが円喜を、西岡徳馬さんが高資を演じて、片岡鶴太郎・高時と3人、なかなかの好演じゃった。

北条時政の江ノ島参籠—北条の天下は七代まで?

ごぞんじのように、北条氏は桓武平氏・平直方公を祖とするが、大いに世に出たのは北条時政のときのこと。

わし、北条高時は闘犬、田楽にはまって幕府を亡ぼしましたけど、なにか?

北条高時と聞けば、田楽と闘犬を思い出す人も多いじゃろうな。「太平記」はわしが田楽と闘犬に耽溺して政務を怠った暗愚な人物と描いておるが、さりとて、わしがそれらを愛したことは確かじゃ。金沢貞顕の書状にも「田楽の外、他事無く候」と記されておるし…

鎌倉北条氏の興亡…わしの代で滅んじゃったんじゃ

2007年に県立金沢文庫で行われた特別展「鎌倉北条氏の興亡」の補助解説冊子(監修:水井晋 絵と文:向坂卓也)に載っていた歴代の「三つ鱗」の独白。これ、キャラも事績もよくわかって、なかなか面白いのですが、北条の一族というと、やはり全体的に暗い印象…

頗る亡気の躰にて、将軍家の執権も叶い難かりけり

はじめまして。鎌倉幕府第14代執権にして最後の得宗、北条高時じゃ。 「 頗る亡気の躰にて、将軍家の執権も叶い難かりけり」(『保暦間記』)

北条高時年譜

北条高時 PROFILE ○鎌倉幕府第14代執権 ○北条得宗家嫡流(9代) ○北条貞時の三男。時宗は祖父にあたる ○従四位下・相模守・修理権大夫 ○幼名は成寿丸 ○法号は崇鑑 ○趣味は闘犬と田楽鑑賞 後世に記された『保暦間記』には、「頗る亡気(うつけ)の躰にて、将…