鎌倉ではたらく太守のブログ

愛犬家で歴オタ、うつつなき者の備忘録。湘南ベルマーレを応援中。

幕末・近現代

本日は大政奉還150周年。あらためて徳川慶喜の政権構想について考えてみた

今日は平成29年10月14日。いまからちょうど150年前の慶応3年10月14日(1867年11月9日)は、15代将軍の徳川慶喜が大政奉還を朝廷に上奏した日じゃ。

秋田は裏切り者じゃない!錦旗を護りし戊辰の栄!久保田城跡に行ってきたぞ

みちのくひとり旅の備忘録は、弘前から五能線にのってどこどこと秋田へ。佐竹氏の居城・久保田城跡にいってきた。現在は千秋公園として整備され、市民の憩いの場になっておる。桜の名所としても有名じゃが、わしが訪れたときには、残念なからすでに散ってし…

小栗上野介忠順と横須賀製鉄所〜同じ売家なら土蔵付のほうがよい

今日5月27日は日本海会戦があった日。明治38年(1905)5月27日、日本の連合艦隊はロシアのバルチック艦隊を破った歴史的な一日じゃ。わしも司馬遼太郎さんの『坂の上の雲』を胸熱で読んだひとりじゃが、もしこの一戦で連合艦隊が敗れていたら、日本はロシア…

少しく叩けば少しく響き、大きく叩けば大きく響く……2018大河ドラマは「西郷どん」

2018年の大河ドラマは「西郷(せご)どん」。原作は林真理子さん、脚本は中園ミホさんとのこと。まあ、2018年は明治維新150年で、会津、長州とやってきたので、バランス的にもここへいったのかなと。あいかわらず戦国と幕末ばかりというのはいかがなものかと…

新選組・斎藤一と妻・時尾さんの写真が見つかった件

新選組の斎藤一の写真が発見されたらしい。これまで斎藤一といえば、長男をもとに描かれたミスタースポックみたいな肖像画(左)と、西南戦争出兵時にとった集合写真のフランケンみたいなもの(中央、ただし子孫は否定)しかなかったが、ようやくまともなも…

九転十起生、ファーストペンギン…朝ドラ「あさが来た」最終回で軽いドラマロスに

NHK朝の連続テレビ小説「あさが来た」が大好評のうちに最終回を迎えた。毎回、杉浦アナの「〜に、また新しい朝がやってまいりました」という語りではじまるこのドラマ。わし、朝ドラは「ゲゲゲ」にしろ「あまちゃん」にしろ、あんまり見てこなかったんじゃが…

「花燃ゆ」が視聴率ワーストタイでも「せわあない」

「花燃ゆ」が最終回、平均視聴率が12%と、「平清盛」と並んで、歴代大河ドラマワーストタイとなったらしい。美和さんと楫取は機嫌よう鹿鳴館でダンスをしていたのに、なんとも残念なニュースじゃな。

「サムライせんせい」が最終回〜時代を嘆くな!今を生きるぜよ!

いやいや、「サムライせんせい」は面白かった。今夜で最終回だったんじゃが、金曜夜の楽しみがなくなってしまったよ。サッチン役の黒島結菜さんの「ちょりーす!」も、もう見ることができないと思うと、残念じゃな。

孝明天皇と崇徳天皇と幕末維新

さて、ここのところ怨霊の話ばかり書いているせいか、なんとなく体調がすぐれないので、今日で一区切りしたいと思う。で、今日は孝明天皇についてじゃよ。

奥平謙輔と会津藩と白虎隊地蔵堂のこと

明日の大河ドラマ「花燃ゆ」に登場するかどうかはわからんのじゃが、今日は前原一誠の莫逆の友・長州藩士の奥平謙輔についてじゃよ。

前原一誠と萩の乱〜勇あり、智あり、誠実人に過ぐ。

ぶつぶつと文句をいいながら大河ドラマ「花燃ゆ」をみるのは、いいかげんに嫌になってきた。今週は、久坂玄瑞の隠し子が出てきて、辰路さんと美和が親権をめぐるバトルを繰り広げ、少し視聴率が回復したようじゃが、大河ドラマとしてはいかにも邪道じゃな。…

井伊直弼公生誕200年祭がはじまった件

井伊直弼公生誕200年祭が、滋賀県彦根市ではじまり、大久保貴市長や井伊家第18代当主の井伊直岳氏らが出席して、開幕式典がおこなわれたとのニュース。公式ホームページ、それにFacebookページも立ち上がったようじゃな。

真木和泉、形は足利尊氏でも心が楠木正成ならいいのだ!

先日の大河ドラマ「花燃ゆ」は、長州藩がいよいよ暴発して、蛤御門の変に至るお話じゃった。ドラマとしては見せ場のはずじゃが、視聴率はあいかわらず低迷しているようじゃな。 以前も書いたんじゃが、このドラマ、長州藩が勝手に騒いで勝手に暴発して、ほう…

明治日本の産業施設が世界遺産になるようですが……

ユネスコの諮問機関、イコモスによる勧告で「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録がほぼ決定したようじゃ。夏にもドイツのボンで開かれる世界遺産委員会で、正式決定される見通しとのこと。 韮山反射炉や八幡製鉄所、三池炭鉱、三菱長崎造船所など、8エ…

吉田松陰「四時ノ順環」…人生にも四季があります。

先日、本棚の整理をしていたところ、月刊「松下村塾」なる雑誌が出てきた。2004年の刊行とあるから、ちょうど10年前のものじゃ。

大河ドラマ『花燃ゆ』の評判がよくない件

「花燃ゆ」の評判がよくないようじゃ。先々週放送された第15話の平均視聴率が、関東で9.8%と、放送開始から2ケタを割り込み、「平清盛」以来の落ち込みぶりに、大河初の「打ち切り」という声すらあがっているとか。 大河ドラマ『花燃ゆ』ついに1ケタ陥落「N…

足利三代木像梟首事件…其の罪悪の実に容すべからざる、天地神人ともに誄する所なり

今日2月22日は、足利三代木像梟首事件が起こった日。幕末の文久3年2月22日(1863年4月9日)に、京都の等持院にあった室町幕府の足利尊氏、義詮、義満の三代将軍の木像の首が、尊王攘夷を掲げる不逞浪士らによって賀茂川の河原に晒された事件じゃ。

「ワレ菅野一番」…デストロイヤー菅野直だ、バカヤロウコノヤロウ

今年は戦後70年の節目の年。昨日は安部総理の「戦後以来の大改革」を断行するという施政方針演説があった。また最近、なにかとお騒がせな百田尚樹さんのベストセラー「永遠の0」がテレビドラマ化された。そんな折に、「歴史街道」で<菅野直と紫電改>が特…

浅田次郎さんの『柘榴坂の仇討』―桜田門外の変で不覚をとった彦根藩士のお話

今日は3月3日で上巳の節句、桃の節句、ひな祭り。万延元年の上巳の節句3月3日(1860年3月24日)、季節外れの大雪の中、大老・井伊直弼が桜田門外で水戸浪士らに襲撃され、非業の死を遂げている。いわゆる桜田門外の変である。 ということで、中井貴一さん…

安政の大獄を主導した長野主膳が吉田松陰直筆の辞世をもっていた件

今週、吉田松陰の辞世の書が発見されたというニュースがあった。しかも、それがなんと、安政の大獄を主導した「陰の大老」ともいわれる彦根藩の長野主膳の手紙といっしょに出てきたというから、ちょっと驚きじゃ。 吉田松陰直筆の辞世、敵方から発見 彦根藩…

恐れ乍ら、謹んで申し上げ奉り候…河井継之助の太政官建白書

昨日の鳥羽伏見の戦いに関連して、今日は河井継之助の太政官建白書について少々。 王政復古から鳥羽伏見まで、なんとなくみんなが時勢に流されていく印象がある中、ひとつの見識をもって事にあたった幕府側の人物といえば、越後長岡藩の河井継之助じゃろう。…

鳥羽伏見の戦い…なぜ旧幕府軍は薩長軍に敗れたのか

謹賀新年、本年も当ブログへのお引き立てを、よろしくお願い申し上げます。 さて今日は1月3日。慶応4年(1868)1月3日、鳥羽伏見の戦いが勃発した日じゃ。ということで、今年はじめての更新は、鳥羽伏見の戦いについて書こうと思う。

えっ、坂本龍馬の「船中八策」ってフィクションだったのか?

今日11月15日は幕末のヒーロー、坂本龍馬の誕生日であり、暗殺された日。誕生日と暗殺された日が同じというところは、いかにも龍馬らしい。 ところで、「坂本龍馬の船中八策はフィクションだった」という話を聞いた。龍馬ファンにとっては聞き捨てならないか…

薩摩人 みよや東の丈夫が 提げ佩く太刀の利きか鈍きか…「八重の桜」は西南戦争まできたぞ

大河ドラマ「八重の桜」は、明治編になってからというもの、同志社設立にかかわるバタバタを描くばかりで、会津のことなどすっかり忘れたホームドラマ仕様になってしまっておった。じゃが、今夜はいよいよ「西南戦争」じゃ! 戊辰の仇! 芋征伐仰せ出された…

山川大蔵、彼岸獅子で敵の虚を衝いて入城

昨日の「八重の桜」、いやいや痛快じゃった。なにかと悲しい、凄惨な逸話が多い会津戦争で、数少ない痛快事が山川大蔵の彼岸獅子での入城作戦じゃ。

中野竹子、涙橋に散る!…もののふの猛き心にくらぶれば 数にも入らぬ わが身ながらも

今夜の「八重の桜」で、娘子隊の中野竹子さんが散ってしまった。「お城に帰ったら、八重さんに鉄砲を教えてもらいましょう」といっていたのに……

お城は渡さぬ。ならぬことは、ならぬのです…八重の桜・決戦のとき

「お城は渡さぬ。ならぬことは、ならぬのです」 大河ドラマ「八重の桜」では、ドラマ前半の最大の山場、鶴ヶ城籠城戦がはじまった。新政府軍による怒涛の進撃、そして砲撃・戦闘シーンはじつに迫力ある映像の連続で、戦慄さえ覚えたぞ。

映画「桜田門外ノ変」をみて…時代は動いたけど、その後の水戸と彦根が残念な件

前から気になっていた映画「桜田門外ノ変」のDVDを借りてきた。吉村昭さんの小説『桜田門外ノ変』がどんな感じで映像化されるのか、楽しみにしていたんじゃが……ざんねんながら期待はずれ、だったかもしれん。

河井継之助が「八重の桜」に登場!ー越後五藩と共に奥羽同盟に加わりますがや

キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!! NHK大河ドラマ「八重の桜」に、越後長岡藩の河井継之助が登場したぞ! ナレーションかなにかで、ちょろっとふれられておしまいかなと思っていたんじゃが、いちおう、顔出し、テロップつきじゃった。なんとなく、おでこのあたりは継さっぽ…

池田屋事件の真相〜北添佶摩の階段落ちも沖田総司の喀血もなかった?

6月5日、今日は池田屋事件がおこった日。元治元年(1864)6月5日、祇園祭宵宵山の四ツ時(午後10時頃)、京都三条小橋の旅籠池田屋に、新撰組が長州藩士や尊王攘夷の浪士を急襲した、かの有名な事件じゃ。