鎌倉ではたらく太守のブログ

愛犬家で歴オタ、うつつなき者の日々の備忘録。湘南ベルマーレを応援しています。

鎌倉・室町

泣塔〜洲崎合戦の供養塔?知る人ぞ知るオカルトスポット

湘南モノレールの湘南深沢駅の近く、旧JR東日本大船工場敷地脇に「泣塔」(なきとう)と呼ばれる宝篋印塔がある。ちょうどこのあたりは再開発地区になっているが、具他的にどうするのかは決まっていないようで、現在は多目的広場という名で放置されている だ…

佐々木道誉は婆娑羅者よ、食えぬ男よ

新年2度目の更新は今年の干支、丙申生まれの佐々木道誉についてじゃ。婆娑羅大名の佐々木道誉、大河ドラマでは陣内孝則さんが好演しておったな。食えぬ男で、わが北条も煮え湯を飲まされたんじゃが、それでもわしはこやつのことはあまり憎めないんじゃよ。

清水冠者・木曾義高のお墓詣り〜薄命ノ公子ガ首級ハ此ノ地ニ於テ永キ眠ヲ結ベルナリ

常楽寺の裏山に清水冠者義高殿のお墓があるとのことで、そちらにも行ってきたぞ。義高殿といえば、源頼朝公と政子さまの長女・大姫さまとの悲恋が有名じゃな。

大船の常楽寺まで、北条泰時公のお墓詣りにいってきたよ

鎌倉は大船にある常楽寺に立ち寄り、北条泰時公のお墓に手を合わせてきたぞ。ちなみに、常楽寺の裏山には、あの大姫さまとの悲恋で有名な、木曽義仲の嫡男・清水冠者義高殿のお墓もあるのじゃが、それは次回に書かせてもらうとして、本日は賢君・北条泰時公…

中先代の乱〜北条相模次郎時行、いざ鎌倉へ

世間はクリスマスじゃな、年末じゃな。ということで、今日は北条時行と中先代の乱についてじゃよ(ぜんぜんどうでもいい前振りですまぬ)。

そもそも「得宗」とは?

北条時政公からワシ・高時までの北条氏嫡流は「得宗」とよばれているが、この「得宗」ってそもそもなんなのか。どっから出てきた言葉なのか。ワシも今まで、そういうことは気にせず使ってきたんじゃが、今日はそのお話。

北条時宗と蒙古襲来〜執権殿、煩い悩むなかれ

先日、北条時輔殿と二月騒動のことを書いているうちに、やはり北条時宗公のことを書かねばならぬと思うてのう。そう蒙古襲来の時のことじゃよ。

赤いマフラーが印象的な北条時輔と二月騒動の真相

気まぐれにその時々に思いついた歴史ネタを書く当ブログじゃが、今日は北条時輔殿と二月騒動についてじゃよ。二月騒動と聞いても、教科書にはのってないし、ほとんどの人がピンとこないじゃろう。じゃが、鎌倉北条氏を語る上では、石橋山合戦、承久の乱と同…

和田義盛無念…いざ鎌倉、和田塚へ

所用で江ノ電の和田塚駅で降りたから、和田塚に立ち寄ることにした。ということで、今日は和田義盛についてじゃ。

後醍醐天皇の怨霊…玉骨は縦令南山の苔に埋もるとも、魂魄は常に北闕の天を望まんと思ふ。

さて、崇徳院、後鳥羽院につづいて怨霊になったであろう人物といえば、あの御方じゃな。そう、後醍醐天皇じゃよ。

後鳥羽上皇は怨霊になったのか?…人定めて崇徳院のごとき沙汰を致すか、全く願うところにあらず

きょうも怨霊の話の続き。承久の変でワシら北条が隠岐にお流しした後鳥羽院についてじゃ。後鳥羽院も崇徳院と同様、隠岐へ配流直後から怨霊として祟りをなすと思われておったのじゃが……

此付近平氏六波羅第跡 六波羅探題府

先週、所用で京都にいってきたのじゃが、ついでなので六波羅に寄ってきた。 六波羅は現在の京都市東山区、鴨川東岸の五条大路から七条大路一帯のあたり一帯の地域のこと。天暦5年(951年)、空也上人がこの地に西光寺を建て、その高弟の中信が六波羅蜜寺と改…

聖福寺趾碑〜北条時宗公の兄上・時輔殿がなんとも不憫でならぬ件

かつて稲村ガ崎の奥には聖福寺というお寺があった。あの最明寺入道・北条時頼公が建立したお寺じゃ。北条時頼公といえば、歴代執権のなかでも善政をしいた名君として名高いが、ワシの中では、大河ドラマ「北条時宗」で、渡辺謙さん演じた時頼公のこの台詞が…

生まれながらの鎌倉殿、源頼家公の不運

今日は源頼家公について。頼家公といえば、大河ドラマ「草燃える」では郷ひろみさんが演じておられ、その印象が強いんじゃが、それにしても不運なお人じゃったな。

三浦の犬は友をくらふ也…権謀家・三浦義村のこと

このシルバーウィークは連日の好天。そんな5連休に大河ドラマ「草燃える」をみて、じめじめと過ごすのも一興じゃったよ。で、昨日のマツケンさんの北条義時公につづいて、今日は藤岡弘さんが演じた三浦義村についてエントリー。そう、御家人からは「友を食…

「草燃える」で北条義時公を演じた松平健さんが素晴らしすぎる!

暇にまかせてNHKオンデマンドで大河ドラマ三昧。昨今、大河ドラマは逆風が吹いていて、「花燃ゆ」なんぞ各方面からボロクソなわけじゃが、この数日で「草燃える」をみて、いわれても仕方がないかなと、あらためて感じた次第。 いやいや、松平健さんの北条義…

源頼朝旗揚げのキーマンは北条宗時さん?

とくに予定のないシルバーウィーク。あまりの暇さにむかしの大河ドラマでもみようかと思い、NHKオンデマンドで「草燃える」をチョイス。石坂浩二さんの源頼朝公、岩下志麻さんの北条政子殿、マツケンさんの北条義時公とか、涙ものの懐かしさだったんじゃった…

朝比奈三郎義秀…小坪の浜でサメ三匹を捕まえた本朝無双の剛勇

この夏、茅ケ崎の沖合にサメが出没したことから、湘南海岸一帯は遊泳禁止となってしまった。海の家など、商売上がったりで、さんざんな夏になってしまったようじゃな。さて、湘南とサメといえば……本朝無双の豪傑と言われた朝比奈三郎義秀じゃな。

吉見御所(伝・源範頼館跡)にいってきたよ

先日の埼玉スタ遠征のついでに吉見町あたりをぶらぶら。吉見町は蒲殿こと源範頼さんに所縁の地。蒲殿は兄・頼朝公の代官として木曽義仲、平家追討の大将軍という大任をはたした人物。人気、知名度とも弟の九郎義経殿には及ばぬが、鎌倉武士の主力軍を率いて…

霊処浄域につき参拝以外の立入禁止。腹切りやぐらで肝試しはやめなさい

日刊SPA!とやらのWebサイトで、こんな記事をみつけた。

西園寺公宗と北条時興による後醍醐天皇暗殺未遂事件

なにかと評判がよろしくない後醍醐天皇の建武の新政。あの忠臣の万里小路藤房卿にも愛想を尽かされ、武家の間では「北条のときのほうがよかった!」という声もちらほら。そこで、なんとも恐ろしい陰謀を企てたのが、西園寺公宗と、わが弟の北条時興(泰家)…

朕が新儀は未来の先例たるべし…お騒がせな後醍醐天皇と建武の新政

このブログは太守のブログじゃから、鎌倉幕府滅亡後の話はあまり興味ないんじゃが、とりあえず建武の新政のお話。 後醍醐天皇の親政が、武家はもちろん公家からも評判が悪く、あっさりと瓦解したことはみなさんご存知なはず。 理想とするのは天皇親政。摂政…

前代未聞の恥辱也…金剛山に楠木正成を攻めていた北条氏お歴々の最期

ここのところ九州、長門、北陸での北条一族の最期をエンントリーしてきたが、河内国金剛山の千早城を攻めていた軍勢をうっかりと忘れておった。阿蘇治時、長崎高貞(長崎高資の弟)、大仏家時、高直、貞宗の三兄弟、二階堂道蘊ら、お歴々が率いる精鋭たちの…

淡河右京亮時治の悲話…一念五百生、繋念無量劫の業なれば

鎌倉北条氏滅亡の余話をもう少し。越前に散った淡河(おうご)右京亮時治についてじゃ。 淡河右京亮時治は北条時盛の子、北条時房の孫にあたる。承久の乱の後、北条時盛は越前国大野郡牛原荘の地頭職に補任されている。

越中守護・名越時有の悲話…夫婦執着の妄念を遺しけるにや

しつこいようじゃが、今日も鎌倉北条氏滅亡の余話をエントリー。越中守護の名越時有(北条時有)について、じゃよ。。 名越時有は北条氏名越流・公貞の子。祖父の名越公時は弓馬や蹴鞠にも習熟し、鞠奉行をつとめている。北陸道は北条氏の勢力が強く、時有は…

真木和泉、形は足利尊氏でも心が楠木正成ならいいのだ!

先日の大河ドラマ「花燃ゆ」は、長州藩がいよいよ暴発して、蛤御門の変に至るお話じゃった。ドラマとしては見せ場のはずじゃが、視聴率はあいかわらず低迷しているようじゃな。 以前も書いたんじゃが、このドラマ、長州藩が勝手に騒いで勝手に暴発して、ほう…

鎮西探題・赤橋英時の自刃…行路難、水に在らず山にあらず、ただ人情反復の間に在り

鎌倉で北条高時以下一族が自害して果てた3日後の正慶2年5月25日、九州博多の地では、幕府最後の鎮西探題・赤橋(北条)英時ら一族340人が自害した。今日は、赤橋英時について。赤橋英時は幕府最後の執権・赤橋守時の弟、足利高氏正室・登子の兄にあたる…

鎌倉幕府の最終兵器・嶋津四郎、名馬「白浪」を駆り、いざ出陣!

さて、鎌倉幕府最期の日についてもう少しだけ続きを。稲村ケ崎を突破した新田義貞軍は、一気に鎌倉市外へと乱入した。「太平記」には、そうした劣勢の中でも最後まで戦う北条武士を描いているが、もちろん、そんな立派な人ばかりだったはずはない。 醜態をさ…

世の中、謡のようには参らん…吉川英治『私本太平記』の北条高時最期の場面を読み返してみた

今日5月22日は、北条一門が自刃し、鎌倉幕府が滅亡した日。ということで、パラパラと吉川英治『私本太平記』を読み返してみた。そこで、同書の北条高時の名台詞などをメモしてみた。

北条基時…待てしばし死出の山辺の旅の道 同じく越えて浮世語らん

今日5月9日はさいごの六波羅探題北方、北条仲時の命日。北条仲時は足利高氏らに攻められ、光厳天皇・後伏見上皇・花園上皇を奉じて鎌倉へ落ちようとしたんじゃが、近江国番場峠で再び野伏に襲われ、蓮華寺本堂前で一族432人と共に自刃している。