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鎌倉ではたらく太守のブログ

愛犬家で歴オタ、うつつなき者の備忘録。湘南ベルマーレを応援中。

相模川で源頼朝公の死因を考えてみる

相模川をわたるとき、いつも気になることがある。それは、どうして、源頼朝公ともあろうかたが、とつぜん、ここで落馬したのか、ということじゃ。あ、犬は無視してください。

相模川は神奈川県のちょうど中央を流れていて、馬入川(ばにゅうがわ)とも呼ばれている。

なんでも頼朝公が、相模川の橋供養に出向いたとき、川の上に稲妻とともに悪霊があらわれ、驚いた馬が川の中に落ちて水死したという逸話からそう呼ばれるようになったそうじゃ。そして頼朝公は、このときに落馬したことが原因で、死んだとされている。

この悪霊は頼朝公に討たれた源義経殿だったとか、壇ノ浦で入水した安徳天皇だったとか、はたまた平清盛入道だったとか!頼朝公の死因については、この他にも、わが北条家による暗殺説、溺死説、糖尿病説など、さまざまあるようで、なかには夜這いに行く途中に不審者に間違われて斬られたという珍説まであるとか。

鎌倉幕府の公式記録ともいえる「吾妻鏡」に、頼朝公の死に関する詳細な経緯が不自然なほどに記されていないため、謎が謎を呼んでいるわけじゃが、じっさいはどうなのか、わしにもわからんのじゃ。これについては、また、時期をあらためてわしの考えを書いてみたい。

なお、徳川家康が、武家政治をはじめた源頼朝の最期があまりにも不名誉な内容であったため、「吾妻鏡」から該当箇所を隠してしまったという話も伝わっているが、それはまったくの創作なので、ねんのため。