鎌倉ではたらく太守のブログ

愛犬家で歴オタ、うつつなき者の備忘録。湘南ベルマーレを応援中。

富士の人穴に潜入し、山神の化身である猪を仕留めた仁田忠常に霊峰富士の天罰 がくだった?

今日は比企能員の変に関連するエントリーをひとつ。
仁田忠常は、伊豆国の住人。伊豆挙兵から源頼朝従い、その信任を得た。源平の合戦では源範頼に従って各地を転戦し、奥州藤原攻めでも武功を挙げている。忠常が病で生死の淵にあったとき、頼朝は見舞いのために屋敷を訪れたというし、その信頼の厚さがうかがえる。あの曾我兄弟の仇討ちで、兄の曾我祐成を討ち取ったのも、この仁田忠常じゃ。

 「吾妻鏡」によれば、北条時政公に比企能員討伐の相談を受けたとき、仁田忠常は能員を屋敷に呼んで誅殺することを進言し、じっさいに天野連景とふたりで殺害したという。しかし、この変の後、仁田忠常もまた、わけのわからない経緯で殺害されてしまうのじゃ。病状が回復した源頼家公は、一幡と比企一族の最期を知ると激昂し、堀親家を遣わし、仁田忠常と和田義盛に、北条時政公追討の御教書を出したという。和田義盛は熟慮の末、これを時政公に通報し、堀親家は時政公により殺害される。仁田忠常は、事件の4日後、能員追討の恩賞を与えるとして、時政公から名越邸に呼ばれた。しかし、屋敷に入った忠常が夜になっても出て来ないため、不審に思った従者は弟の五郎と六郎にこのことを報告。
「これは御教書が露見したか!」
「もはやこれまで」
ふたりは北条義時邸に攻め寄せ、あえなく討死してしまう。そして忠常は、時政公の名越邸を出て帰宅の途中にこの軽挙を知り、急ぎ御所に向かったところを、加藤景廉に討ち取られてしまった。
しかし……いくら比企能員が誅殺され、みなが疑心暗鬼になっていたとはいえ、あまりにもお粗末すぎる顛末。にわかには信じがたいわけだけど……
「曾我物語」によれば、忠常は富士の巻狩りで山の神の化身である猪を仕留めたが、この事件はその祟りによるものだという。「吾妻鏡」では、忠常は頼家の命令で浅間大菩薩の御在所である富士山の「人穴」に侵入したため、神罰に触れたということをにおわせている。
山の神の祟り、浅間大菩薩の神罰……くわばらくわばら。
かくして北条氏は霊峰富士の神をも味方につけ、その政権基盤を整えていった、というお話でした。