鎌倉ではたらく太守のブログ

愛犬家で歴オタ、うつつなき者の備忘録。湘南ベルマーレを応援中。

本能寺の変は明智光秀と徳川家康の共謀だった?

今日6月2日は「本能寺の変」が勃発した日。天正10年6月2日(1582年6月21日)のことじゃ。

 明智憲三郎著『本能寺の変-431年目の真実』

で、先日、明智憲三郎著『本能寺の変-431年目の真実』(文芸社文庫)を読了したので、この本の感想を備忘録的に書いておこうかと。

著者の名前からもわかるように、本書は明智光秀の子孫にあたる方の著作。
それだけに大いに期待して読んだのだが、じつに予想のはるか上をいく面白さじゃった。

もともと本能寺の変については、怨恨や野望なんて理由だけで、光秀ともあろう人物がリスクを冒すとは思えなかったし、羽柴秀吉足利義昭、朝廷、イエズス会などの黒幕説は、面白いことは面白いけれど、いずれも証拠不十分。

その点、本書では「蓋然性(確からしさ)」ということをキーに、独自の説が提示されていてたいへん興味深く読むことがでた。

 

著者は前書でこう述べている。

信憑性のある当時の資料から徹底して証拠を洗い直し、根底から本能寺の変研究をやり直しました。洗い出された証拠の全ての辻褄の合う真実を復元したところ、ことごとく「定説」とは異なる答えが出ました。 
私の復元した答だけを聞いた方は間違いなく「あり得ない!」「奇説!」と叫ぶと思います。たしかに結論だけ聞くと「とんでも本」の仲間入り?
ただ、読みすすめていくと、「なるほど」「あるかも」「それなら辻褄があう」といった納得感が、ひとつひとつ積み重なっていく。
 
著者は「歴史捜査」という言葉をつかっているけれど、従来からいわれていた定説や資料の批判、それをふまえての推理過程は、当方の「光秀贔屓」というバイアスをさっぴいても、十分に説得力ある内容になっているように思う。
ただ、信長ファンの読者は納得しないだろうな、とは思うけどね。

で、本書の主張ですが、ネタバレになると申し訳ないので、さらりとメモ代わりに……

天下統一後の信長の構想は、織田家による中央集権化にあり、有力な家臣は遠国転封が計画されていた。畿内で土岐明智家を再興し、多くの幕臣を配下に従えていた光秀だったが、遠国転封となれば、家臣団を維持できないという危機感を抱き始める。しかも、信長は唐入りを計画しているという。
さらに信長の四国征伐がさらに彼を追いこんでゆく。古くから長宗我部元親と強固な関係を築いていた光秀。しかし信長の四国政策変更により元親討伐が決まる。それは、とりもなおさず、光秀の織田政権内での発言力低下を招くことになる。
ところが、絶望する光秀の前に、天才・信長自身が張りめぐらした策謀が、千載一遇のチャンスを与えた。信長は光秀に、同盟者である徳川家康の暗殺を命じたのだ。家康と重臣たちを本能寺におびき出して光秀軍が急襲。そのまま細川忠興筒井順慶軍を従え、電撃的に三河を占領するという計画だ。
そこで光秀は家康と共謀し、これを利用して信長暗殺に成功する。しかし、こうした光秀の動きは羽柴秀吉の察知するところであり、光秀のクーデターは失敗。以後は天下人のシナリオどおり、本能寺の変が語られるようになる。

光秀が家康と共謀?

本能寺の変の原因について、個人的には光秀の「将来不安」が根底にあったと、ワシは思っていた。というのも光秀はすでに高齢で(当時54歳とされるが、じつは67歳という説も?)、嫡男・光慶はわずか13歳。
長宗我部が滅んで毛利が片付けば、その後は九州、ひょっとすると朝鮮・唐入り。自分が健在ならばまだしも、息子の代になってからの明智家の先行きを考えると不安を抱くのは当然のこと。
ただ、だからといって、光秀が博打のようなリスクを冒すとは思えません。危険を冒す以上、なにか光秀を動かす直接的な「きっかけ」があったのではないか? そんな疑問に、この光秀ー家康共謀説は、ひとつの答えを出してくれたように思う。

徳川家康
 
信長が家康を暗殺? そんなことありえる? という意見も出てきそうだけど、これは「ない」とはいいきれない。
たとえば「本城惣右衛門覚書」によれば、光秀軍として本能寺を急襲した兵たちは、みな信長の命令で家康を討ち取るものと思っていたとあり、ルイス・フロイスの「日本史」にもそうした記載がある。
また伊賀越え、駿府帰着後の家康の行動にも不可解な点がいくつもあり、本書ではそれらをふまえて、謎解きをすすめていく。
さらに本書で興味深かったのが、信長に献上された黒人のヤスケ(彌介)のこと。まあ、ヤスケのことまで書いてしまうと、あまりにネタバレがすぎるので、このへんにしておくので、ぜひ購入して読んでいただきたい。

こうした作品は賛否両論でてくると思うけれど、少なくと「奇説」「珍説」と切り捨てることができないリアリティを感じさせてくれる一冊であることは確かじゃよ。