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うつつなき太守(なりきりです)による歴ヲタの備忘録

淡河右京亮時治の悲話…一念五百生、繋念無量劫の業なれば

鎌倉北条氏滅亡の余話をもう少し。越前に散った淡河(おうご)右京亮時治についてじゃ。

淡河右京亮時治は北条時盛の子、北条時房の孫にあたる。承久の乱の後、北条時盛は越前国大野郡牛原荘の地頭職に補任されている。

 

 『太平記』によると、淡河右京亮時治は元弘の乱で北国鎮撫のために出陣するが、六波羅探題陥落の報らせが届くと、味方の軍勢は瞬く間に離反。そうした中、平泉寺の僧兵らが北条の所領を恩賞として分捕ろうと7000余騎で攻め寄せてきた。

援軍もなく多勢に無勢の時治は、いよいよ覚悟を決める。20人ほど残っていた郎等に防ぎ矢を射させて時を稼ぐ間、僧を呼んで女房や子どもたちに戒を授け、往生を祈り、死出の旅路の支度を整える。

しかし時治は、妻にこの場を逃れるよう、諭す

「ふたりの子どもは男子なれば、冥土の旅に連れて行こうと思う。ただ、あなたは女性なので、敵も命を奪うようなことはないはず。この世に命のある限り、どのような人でもよいから夫婦となり、幸せになってほしい。あなたが幸せに暮らしてくれれば、私はあの世でうれしく思うだろう」

このあたりの夫のセリフは、六波羅探題北条仲時が妻と別れるときと似ている。これは『太平記』の仕様なのか? もちろん時治の妻も納得しない。
「時の経つのも忘れるほどに幸せだったこの十余年でしたが、あなたを失い、あなたと育てた子どもも失っては、この先、悲しみを堪えて生きていくなどできません。ただ、愛する人と共に生を終え、 埋められた苔の下までも、一緒に居たいという気持ちで一杯です」
そうこうしているうちに、平泉寺の衆徒らが迫ってきた。時治は急いで5歳と6歳の子どもを鎧用の唐櫃に入れると乳母二人に担がせ、鎌倉川へ沈めるよう命じる。そして母の女房は、自身も川の淵に身を沈めようと決心し、唐櫃について歩いていく。

そして死出の旅立ちのとき。2人の子は母とともに手を合わせ、西に向かって高らかに念仏を唱える。そして、乳母はそれぞれひとりずつ子どもを抱いて川に飛び込み、母も続いて身を投げる。時治もまた、腹をかき切り、西を枕にして死んでいったのじゃ。

この悲劇を『太平記』ではこう締めくくっている。

隔生則忘とは申ながら、一念五百生、繋念無量劫の業なれば、奈利八万の底までも、同じ思の炎となりて焦かれ給ふらんと、哀也ける事共也。

人は生まれてくる時に前世のことは忘れ去ると言うけれど、ほんのわずかな妄念が輪廻転生を経て五百生もの間にわたる報いを呼び、量り知れない業をもたらす。この夫婦もまた、八万由旬(すごい距離らしい)もの深い地獄の果てまで、同じ悲しみの炎に焦がれ続けるであろうことを思うと、哀れでならない。

わかったようなわからないような文章じゃが、恨みつらみならともかく、妻に、夫に、子どもに会いたいという思いは人間として当然のこと。それすら妄念、執着として許されないとするならば、人間は業を離れて生きることなど、どうしたってできっこない。

太平記』の作者は、そういうことをいいたかったのじゃろうか。そのあたりはよくわからんけど、勇ましく散っていく鎌倉武士、北条武士の逸話が多い『太平記』の中で、ひときわ悲しいお話ではある。

ただ……淡河時治は六波羅探題をつとめた北条時盛の子といわれているが、時盛の没年は1277年じゃがら、そうなると正慶/元弘年間の時治は、とんでもない高齢になってしまう。それなのに5歳、6歳の子どもがいて、しかも妻とのこのラブラブな別れのシーンというのは、さすがに腑に落ちん。はたして、秀吉と淀殿ほどの年の差があったというのか? 過日にエントリーした、長門探題・金沢時直も『太平記』では金沢実時の子どもだとしていて、そうなると100歳近い高齢になってしまうし、このあたり、『太平記』の信憑性には疑問符がつく。でも、まあ、軍記物として割り切って読めばいいんじゃよ。

また淡河氏は、その名のとおり播磨国、現在の神戸市の北部の淡河を拠点にした豪族である。承久の乱の後、やはり北条時盛がこの地の地頭職となり、その子・時治(朝盛という説も)の頃に淡河姓を名のるようになったといわれている。淡河氏は鎌倉幕府滅亡後も健在で、建武政権瓦解後には南朝について赤松円心と戦っている。その後は赤松氏に帰属し、戦国時代には別所氏の配下で戦い、羽柴秀吉に攻め滅ぼされている。それは後世のこととして、この淡河氏は時治とどのような関係なんじゃろうか。時治は地頭職に補任されていた越前にいて、淡河の地には別の一族がいたということなんじゃろうか。どうも判然としない。ということで、事実関係についてはさっぱりなので、詳しい方、ぜひ、教えてたもれ。

とりあえず本日は北条氏滅亡をめぐる悲話のひとつとしてエントリーしておいたということで。