鎌倉ではたらく太守のブログ

愛犬家で歴オタ、うつつなき者の備忘録。湘南ベルマーレを応援中。

怨霊となった崇徳院を西行法師がお諌めした件…よしや君 昔の玉の床とても かからんのちは 何にかはせん

崇徳院について、もうちょっと書いておきたいことがあったので、今日は昨日の続きを。というのも、ワシ、じつは5年前に四国遍路をした際に、香川県坂出市にある崇徳院の白峰御陵に立ち寄っておるんじゃよ。御陵は山の上の白峰寺の近くにひっそりとあった。怨霊の怖さとか、そういうものを感じることはなく、深閑とした山中の御陵の前で、上田秋成の『雨月物語』を思い出し、しんみり涙が出そうになってのう……

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 (白峰御陵。当時の写真がみつからず、Wikipediaから拝借)

みなも知っていると思うが、上田秋成が書いた江戸時代のオカルト本『雨月物語』には、西行がこの地を訪れて、怨霊となった崇徳院と対話する「白峰」というお話がある。

西行は生前の崇徳院と親しく、保元の乱の後、仁和寺に逃れていた崇徳院の元へかけつけている。残念ながらそのときの対面はかなわず、崇徳院はそのまま配流となってしまったが、崇徳院が讃岐で崩じたあと、西行はこの地を訪れている。

西行は夜を徹して崇徳院の供養のために経文を唱え、鎮魂の歌を詠む。すると、そこに崇徳院の霊が現れるのじゃ。

日は入りしほどに山深き夜のさま常ならね、石の床木葉の衾いと寒く、神清み骨冷えて 物とはなしに凄じきここちせらる。月は出でしかど茂きが林は影をもらさねば、あやなき闇にうらぶれて眠るともなきに、まさしく「円位円位(西行のこと)」とよぶ声す。眼をひらきてすかし見れば、其形異なる人の背高く痩せ衰へたるが顔のかたち着たる衣の衣紋も見えで、こなたにむかひて立てるを……

西行は、まだ成仏していない崇徳院に、現世への未練を断つように申し上げるが、崇徳院は「お前は知らぬのか」と、近頃の世の乱れは自分の怨念が起こしたもので、これからも天下に大乱をおこしてやると語ったという。

「君が告らせ給ふ所は 人道のことわりをかりて慾塵をのがれ給はず」

西行は、それは我欲ではないかと、崇徳院の痛いところをつく。そして、現世への執着を捨てるよう諌める。じゃが、崇徳院は生前の身の不幸、後白河院らによる辛い仕打ちを呪う。とくに、せめてもの「悪心懺悔」のためにと、命を削って書写した血書五経を信西に「呪詛されているかもしれない」と突き返されたことが許しがたく、生きながらにして天狗となって、その怨念をもって平治の乱を起こしたと語るのじゃ。

所詮此経を魔道に回向して 恨をはらさんと一すぢにおもひ定めて 指を破り血をもて願文をうつし 経とともに志戸の海に沈めてし後は 人にも見えず深く閉ぢこもりて ひとへに魔王となるべき大願をちかひしが はた平治の乱ぞ出できぬる。

崇徳院藤原信頼の驕慢な心につけいり、まず源義朝をたぶらかして、憎き信西を殺させる。そして源義朝もまた平清盛に討たれて源氏は没落。いっぽう勝った清盛も、いまは栄華を極めているが、忠義の息子である平重盛が死ねば、平家は滅亡する、と西行に告げる。保元の乱崇徳院の敵となった者たちへの崇徳院の恨みはすさまじい。

このあたりのことは、昨日のこちらの記事を参考にしていただくとして……

西行は「君かくまで魔界の悪業につながれて仏土に億万里を隔て給へば、ふたたびいはじ」と、ただ沈黙して対峙していると、とつぜん峰谷が揺れ、突風が巻き起こって砂塵を巻き上げたかと思うと、崇徳院の膝下から陰火が燃え上がった!

時に峰谷ゆすり動きて風叢林を覆すが如く沙石を空に巻き上ぐる。見る見る一段の陰火君が膝の下より燃え上りて、山も谷も昼の如くあきらかなり。光の中につらつら御気色を見たてまつるに、朱をそそぎたる龍顔に荊の髪膝にかかるまで乱れ、白き眼を吊りあげ、熱き嘘を苦しげにつがせ給ふ。御衣は柿色のいたうすすびたるに、手足の爪は獣の如く生ひのびて、さながら魔王の形あさましくもおそろし。空にむかひて「相模相模」と叫ばせ給ふ。あと答へて、鳶の如くの化鳥翔け来り、前に伏して詔をまつ。

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とつじょ現れた化鳥に、崇徳院は「早く平重盛を殺し、清盛と後白河院に苦しみを与えよ」と命じる。そこで化鳥が「あと干支がひとまわりするうちに重盛の命運は尽き、平家も滅びましょう」と答えると、崇徳院は手を打って喜んだというのじゃ。

西行は、この魔道の浅ましきありさまを見て涙を流し、一首の歌に随縁の心をすすめたてまつる。

よしや君 昔の玉の床とても かからんのちは 何にかはせん

たとえあなたが昔、玉座に着いておられたとしても、今ではこのようなお姿になったのであれば、いったいなんの意味があるのでしょうか。どうか現世の執着を捨て去り、成仏なさってください。

この歌を聞いた崇徳院は感じ入るところがあったのか、御顔も和らぎ、業火も止み、いつの間にか姿を消していく。

じゃが……それから13年後、化鳥がいったとおり平重盛が死ぬと平家は源氏に追われ、西海に滅ぼされる。いっぽう、勝った源氏も内訌を繰り返し、源頼朝公の死後、二代で血統が絶えてしまう。そして崇徳院の怨霊に怯える後白河院は、粟田宮を建立するなど、その鎮魂に心をくだき、わが子・後鳥羽天皇の治世が平穏であることを祈りながら、この世を去る。

「日本国の大魔縁となり、皇を取て民となし、民を皇となさん」

承久3年(1221)、後鳥羽上皇は承久の変を起こし、後白河院の願いも虚しく崇徳院と同様に隠岐に流され、その生涯を閉じる。以後、政権は朝廷から武家に完全にうつり、まさに崇徳院の皇室打倒宣言どうりの世の中が600年以上も続くことになる。まあ、その嚆矢となったのが、わが北条家だったりするわけなんじゃがなw

とはいえ、わが北条は北条で、後鳥羽院の怨霊に振り回されることになるんじゃが、長くなってきたので、続きは次回の講釈で。 

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