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鎌倉ではたらく太守のブログ

愛犬家で歴オタ、うつつなき者の備忘録。湘南ベルマーレを応援中。

少しく叩けば少しく響き、大きく叩けば大きく響く……2018大河ドラマは「西郷どん」

幕末・近現代

2018年の大河ドラマは「西郷(せご)どん」。原作は林真理子さん、脚本は中園ミホさんとのこと。まあ、2018年は明治維新150年で、会津、長州とやってきたので、バランス的にもここへいったのかなと。あいかわらず戦国と幕末ばかりというのはいかがなものかと思わんでもないが、こればかりはいたしかたあるまい。

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西郷役は当初、トントントントン日野の2トン♪の堤真一さんと報道された。じゃが、堤真一さんはどうやらNHKのオファーを断ったらしい。その理由はさだかではないが、大河ファンなどからは「西郷のイメージとはちがう!」という声がけっこうあがっていたように見受けられる。

西郷のイメージ……たぶん残された肖像画とか上野の銅像からきているんじゃろう。西郷「襟は十九インチ、身長は五尺九寸余、体重は二十九貫」というから、巨漢であったことはまちがいないらしい。じゃが、じっさいの容貌は、これらの肖像画銅像とはまったくの別人という話は知る人ぞ知る有名な話じゃ。

大久保利通ら維新の元勲の写真は現在にも伝わっているが、西郷隆盛の写真は現存していない。死後、その人物を惜しんで肖像画は多数描かれているが、それらはエドアルド・キヨッソーネが、実弟の西郷従道の顔の上半分と、従弟の大山巌の顔の下半分をもとに描いたもの。そもそも、キヨッソーネ自身も西郷との面識が一切無いままに描いたというから驚きじゃな。

ちなみに有名な上野の西郷像は高村光雲の作で鋳造は岡崎雪聲。じゃが、こちらもキヨッソーネの肖像画をもとにつくられたものじゃ。除幕式に招かれた糸子夫人は「主人はこげんなお人じゃなかった」「浴衣で散歩なんかしなかった」と驚きの声をあげたという。さぞや関係者もずっこけたことじゃろう。

いずれにせよ、世間に流布する西郷どんのイメージだと、西田敏行さんとか宇梶剛士さんとかになるんじゃろうが、わしは堤真一さんの西郷どんをみてみたかったぞ。もっとも、片岡鶴太郎さんのわしを超えるキャスティングの域にはいかないじゃろうが、新しいタイプの西郷隆盛像が生まれたと思うんじゃが、いかがかのう。

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見た目の話しはともかく、人間、大切なのは中身じゃ。西郷はその人柄、見識を同時代の人物から賞賛されておる。

島津斉彬「身分は低く、才智は私の方が遥かに上である。しかし天性の大仁者である」

藤田東湖「吾従来色々の人にも会って見たが、今日西郷に会ふて、其人格の偉大、比すべきものを見出す能はず」

坂本龍馬「なるほど西郷というやつは、わからぬやつだ。少しく叩けば少しく響き、大きく叩けば大きく響く。もし馬鹿なら大きな馬鹿で、利口なら大きな利口だろう」

中岡慎太郎「人となり、肥大にして御免の要石(相撲取り)に劣らず、古の安倍貞任などもかくの如きかと思いやられ候。この人、学識あり、胆略あり、常に寡言にして、最も思慮雄断に長じ、偶々一言を出せば確然、人の肺腑を貫く。且つ徳高くして人を服し、艱難を経て頗る事に老練す。その誠実、武市(半平太)に似て学識これ有ることは優り、実に知行合一の人物也。是れ即ち洛西第一の英雄に御座候」

増田宋太郎「一日西郷に接すれば一日の愛生ず。三日接すれば三日の愛生ず。親愛日に加わり、今は去るべくのあらず。ただ死生をともにせんのみ」

村田新八「今日天下の人傑を通観したところ、西郷先生の右に出る者はおいもはん。天下の人はいたずらに先生を豪胆な武将と看做しておいもうす。薩摩の人間とて同じでごあす。じゃどん、吾輩一人は、先生を以って深智大略の英雄と信じて疑いもはん。西郷先生を帝国宰相となし、その抱負を実行させることにこそ、我らの責任が掛かっているもんと心得もす」

板垣退助維新の三傑といって、西郷、木戸、大久保と三人をならべていうが、なかなかどうしてそんなものではない。西郷と木戸、大久保の間には、雫が幾つあるか分らぬ。西郷、その次に○○○○といくら雫があるか知れないので、木戸や大久保とは、まるで算盤のケタが違う」

勝海舟「その胆量の大きいことは、いわゆる天空活濶で見識ぶるなどということは、もとより少しもなかった。知識の点においては、外国の事情などは、かえっておれが話して聞かせたぐらいだが、その気胆の大きいことは、このとおり実に絶倫で、議論もなにもあったものではなかったよ」 

うーん、どいつもこいつも、ベタ褒めじゃな。じっさい、明治天皇は西郷の高潔な人柄をこよなく愛し、西南戦争で西郷が自決したと聞くと「殺してよいとは言ってないぞ!」と憤りをあらわにしたという。また福澤諭吉は、『丁丑公論』で西南戦争での西郷の挙兵を擁護し、「西郷は天下の人物なり。日本狭しといえども、国情厳なりと言えども、あに一人を容れるに余地なからんや 」と、西郷を葬った明治政府の狭量を非難しているから、偉人であったことはまちがいないんじゃろうが、ここまで持ち上げられると、ちょっとね。いや、大西郷をわしのような亡者が批判するなんて、そんなおこがましいことをするつもりは毛頭ござらん。ただ、薩長中心の官製歴史の焼き直しみたいのは、どうか勘弁して欲しいと、ただそれだけじゃよ。こういうご時世じゃしな。

ともかく、明治維新150年の記念すべき年に、西郷どんが大河ドラマの主役に登場することは、じつに意義深いことじゃと思う。とくに維新後、征韓論を唱え、薩摩に下野してから西南戦争で自決するまでの西郷の行き方は、わしら凡人には理解不能なところがあるから、そのあたりも丁寧に描いて欲しいと思う。歴代最低視聴率を記録した「花燃ゆ」みたいにして、西郷どんの顔に泥をぬることのないよう、大きく叩いてくれよ、NHKさん。