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鎌倉ではたらく太守のブログ

愛犬家で歴オタ、うつつなき者の備忘録。湘南ベルマーレを応援中。

三浦大輔42歳の引退に思う

横浜DeNAベイスターズハマの番長こと三浦大輔の引退発表があった。わし、このブログで湘南ベルマーレのことばかり書いておるが、もちろん野球も好きで、むかしは横浜大洋ホエールズ横浜ベイスターズの応援に、横浜スタジアムに何度も足を運んでおったんじゃよ。

唯一の横浜大洋ホエールズ戦士である三浦大輔の引退はやはり寂しい。平松政次遠藤一彦斉藤明夫、松原誠、山下大輔田代富雄高木豊といった名選手がいたにもかかわらず、とにかく大洋は弱かった。ほんとうに弱かった。いつ見にいっても負けていた。いまのベルマーレといっしょ。まさに暗黒時代じゃな。

それだけに横浜ベイスターズになって、1998年に日本一になったときは、 ほんとうに盛り上がった。わしは当時は関西に住んでいたんじゃが、甲子園で優勝決定した試合は仕事をほっぽり出して駆けつけたのはいい思い出じゃ。あんときは阪神ファンも巨人ファンもみんな祝福してくれていたし、今年のカープ以上のフィーバーぶりだったように思う。三浦大輔ももちろん、そのときの優勝メンバーのひとり。日本シリーズではたしか、第3戦に先発していたような記憶がある(負け試合じゃったが)。

25年間で172勝。ホエールズベイスターズじゃなければ200勝はまちがいなかったじゃろう。いや、横浜じゃからこその反骨心で、ここまで勝ち星を重ねてこられたのかもしれんな。2段モーションとかいわれてしまったが、三浦のピッチングフォームはかっこうよかったよな。

――25年、四半世紀、これだけ長く続けられたのは何が支えになった?
「プロに入った時に、25年もやるとは思っていなかった。1年1年勝負だと思っていた。負けたくない、悔しい、勝ちたい、という気持ちがあったから、苦しい練習もできた。勝った時に、たくさんのファンが喜んでくれた。負けたら悔しいから、もっと練習しなきゃと思ってやってきた25年間だった」

――25年間を振り返って、どんな野球人生でしたか。
「高校卒業して、ドラフト6位で大洋ホエールズに入って、球が速いわけではなく、変化球があるわけでもない。よくやってこれたな。と思う。周りの方に支えられてここまでできた。感謝の気持ちでいっぱいです」

――FAの時、阪神に行ってしまうのではないかと心配した。あの時を振り返ると?
「悩んで、悩んで、いろんな方にご迷惑をおかけした。横浜に残ってよかった。横浜の方が支えてくれた。幸せ者だと思います」

―― 一言で表すとファンとは?
三浦大輔にパワーをくれる存在。人が少なくて苦しい時もあったけど、見捨てずに応援し続けてくれた。一緒に戦ってきたチームメートだと思います」

横浜一筋、実績のある投手の一言一言は重いね。ファンの声に応えて横浜に残った男気にはほれるわ。もちろん、それ相応の誠意を球団もみせたんだろうけど。そういう球団、ファンと選手の関係、理想です。

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