「遠の朝廷(みかど)」こと大宰府政庁趾を訪問したので、備忘録がわりに書き散らすぞ。
博多湾の元寇防塁。蒙古襲来に備えて鎌倉幕府がつくった石築地(いしついじ)をみてきた。ちなみに、「元寇」という言葉は水戸光圀の時代から使われはじめたものなので、最近の教科書では「蒙古襲来」という言葉に置き換えられているらしい。これ豆な。
本日5月11日は新選組の鬼の副長・土方歳三の命日じゃ。明治2年5月11日(1869年6月20日)、箱館戦争でにおいて、土方歳三は弁天台場で孤立した新選組を救うために出撃し、一本木関門で戦死した。 高幡不動でお会いした土方歳三さん
先日、肥前名護屋城跡を訪れたのをきっかけに文禄・慶長の役について書いたけれど、それと関連して今回は「沙也可」という人物について書かせてもらおう。 沙也可
鳥栖遠征の往路、以前から訪れてみたかった肥前名護屋城跡に行ってきた。博多からJRとバスを乗り継いで往復4時間以上もかかったが、歴ヲタなら一度は訪れておきたいスポットじゃよな。 名護屋城跡
令和元年の初詣は、材木座の由井若宮へ。平安時代、河内源氏の源頼義公がが前九年の役で東北に赴くにあたり、石清水八幡宮を勧請した。これを源頼朝公が北山へ移したのが現在の鶴岡八幡宮じゃ。元八幡と呼ばれる所以じゃな。なお、このあたりには芥川龍之介…
令和元年5月1日、いやいやめでたい。「平成」から「令和」へ、今回の改元は祝賀ムード一色じゃな。ちなみに、こちらは先日、太宰府天満宮に立ち寄った時の写真じゃが、街はすっかり盛り上がっておったぞ。
町田にある東京都指定の旧跡・井出の沢古戦場に行ってきた。中先代の乱で、北条時行軍と足利直義軍との間で、激しい合戦が繰り広げられたと伝えらるところじゃよ。
秦野に源実朝公御首塚を訪ねてきたときのいわば「こぼれコラム」ということで、この地を治めていた波多野氏についてじゃ。
所用があって秦野に出向いたついでに、源実朝公の御首塚がこの辺りにあったことを思い出して立ち寄ってきた。今日1月27日は(旧暦で)実朝公のご命日じゃ。
謹賀新年。平成最後のお正月、いかがお過ごしじゃろうか。今年は「亥年」ということなので、亥年生まれの歴史人物などなど、まとめておくぞ。
おやっとさあ! 大河ドラマ「西郷どん」がついに最終回。維新の英傑・大西郷が主人公なだけに、「史実無視」だのなんだのいろいろ酷評されていたけど、わしはこの1年間、十分に楽しませてもらったぞ。ということで、今回は明治編を振り返りながら、西郷隆盛…