うつつなき太守のブログ

愛犬家で歴オタ、うつつなき者の日々の備忘録。湘南ベルマーレを応援しています。

鎌倉・室町

覚海尼円成…女丈夫な北条高時の母が余生を過ごした伊豆・円成寺跡

円成寺は、北条高時の母・覚海尼が、北条氏滅亡後、一族の菩提を弔って余生をすごした尼寺。すでに廃寺になっており、伊豆の国市教育委員会が発掘調査をしてきたが、現在は埋め戻され、立ち入り禁止になっている。

足利高氏と藤夜叉の悲恋~大河ドラマ「太平記」第6回の感想など

大河ドラマ「太平記」第6回は「悲恋」。子を身ごもった藤夜叉のところに足利高氏が白馬の王子のごとくやってくる青春物語じゃ。もっとも、鎌倉は奥州の兵乱でたいへんな時期だったんじゃがな。

楠木登場~大河ドラマ「太平記」第6回の感想など

いよいよ楠木正成が登場した第6回。演じるのは武田鉄矢さん。すまぬが坂本金八臭が強すぎるというか、わしの正成のイメージとはちょっと違うんじゃけどな。

あやうし足利家~大河ドラマ「太平記」第5回の感想など

謀反を企てた日野俊基との関りを疑われ、足利高氏が逮捕された! 足利と北条が合戦か! 鎌倉に緊張感が走る…… あやうし足利家!! この放送回は、高氏のパパ・貞氏がメインで、ほぼフィクションとはいえ、じつに見ごたえがあったぞ。

帝、ご謀反。正中の変~大河ドラマ「太平記」第4回の感想など

いよいよ「正中の変」がはじまった。ちなみに今回は、わし、太守・高時も登場したぞ。

風雲児~いよいよ後醍醐天皇が登場した大河ドラマ「太平記」第3回の感想など

BSで再放送中の大河ドラマ「太平記」第3回の舞台は京都。いよいよ、みかど、後醍醐天皇が登場じゃよ。ただ、前回に引き続き、今回も片岡鶴太郎さんの北条高時が出てこなかったのは寂しいけどな。

芽生え…赤橋登子に日野俊基も登場した大河ドラマ「太平記」第2回の感想など

BSで再放送中の大河ドラマ「太平記」の第2回は「芽生え」。なんの芽生えか? もちろん足利高氏の恋ということじゃろうが、時代の大きなうねりのなか、いろいろなものがむくむくと…

大河ドラマ「太平記」が再放送!~第1回「父と子」の感想などまとめてみた

なんという朗報じゃ! この4月からBSプレミアムで大河ドラマ「太平記」の再放送がはじまった。せっかくなので、わしも感想とかアップしていく。ということで、第1回は「父と子」じゃ。

小高城に行ってきたぞ〜陸奥守北畠顕家に徹底抗戦した相馬氏の居城

相馬氏の居城・小高城址。南北朝時代に、北畠顕家率いる南朝軍に対応するためにに築城された平山城。わしが訪れた時は人っ子一人いなかったが、ここは「相馬野馬追」で有名なところなんじゃよ。

北畠顕家と義良親王を偲んで、絶景の霊山城に登ってきた

ちょっと間が空いてしまったが、霊山に登ってきたときのこと。霊山はご存知のとおり、南北朝時代に北畠顕家が義良親王を奉じて陸奥国府を置き、奥州における南朝の一大拠点となったところじゃよ。

花将軍・北畠顕家を偲んで、福島は霊山神社に参拝してきた

今回は久しぶりに「太平記」関連じゃ。ユアスタ遠征の帰路、福島県は霊山町にある霊山神社に行ってきたので、その参拝日記と北畠顕家について記しておくぞ。

九州の南北朝激突!筑後川の戦い跡を訪ねてきた(頼山陽の漢詩超訳付)

鳥栖に遠征の途中、近くに九州南北朝関係の史跡・大保原(大原)合戦場の跡があることを知り、急遽立ち寄ってみた。場所は西鉄小郡駅の下車、市役所のすぐ隣じゃ。 大保原古戦場跡(福岡県小郡市)

博多湾で元寇防塁(石築地)をみてきた

博多湾の元寇防塁。蒙古襲来に備えて鎌倉幕府がつくった石築地(いしついじ)をみてきた。ちなみに、「元寇」という言葉は水戸光圀の時代から使われはじめたものなので、最近の教科書では「蒙古襲来」という言葉に置き換えられているらしい。これ豆な。

由比若宮(元八幡)に参拝してきたぞ

令和元年の初詣は、材木座の由井若宮へ。平安時代、河内源氏の源頼義公がが前九年の役で東北に赴くにあたり、石清水八幡宮を勧請した。これを源頼朝公が北山へ移したのが現在の鶴岡八幡宮じゃ。元八幡と呼ばれる所以じゃな。なお、このあたりには芥川龍之介…

浄妙寺へ足利貞氏パパの墓参に行ってきたぞ

鎌倉五山の第五位・浄妙寺。文治4年(1188年)、足利義兼の創建と伝えられている。かつては広大な寺地を有しており、現在も付近一帯を「浄明寺」という。今回は、浄妙寺を中興したのは足利貞氏じゃよ。

井出の沢古戦場〜中先代の乱、北条時行と足利直義が激突した地

町田にある東京都指定の旧跡・井出の沢古戦場に行ってきた。中先代の乱で、北条時行軍と足利直義軍との間で、激しい合戦が繰り広げられたと伝えらるところじゃよ。

相模国の名族・波多野氏のルーツを調べてみた

秦野に源実朝公御首塚を訪ねてきたときのいわば「こぼれコラム」ということで、この地を治めていた波多野氏についてじゃ。

源実朝公御首塚〜なぜ、鎌倉で殺された実朝の首が秦野にあるのか

所用があって秦野に出向いたついでに、源実朝公の御首塚がこの辺りにあったことを思い出して立ち寄ってきた。今日1月27日は(旧暦で)実朝公のご命日じゃ。

南朝の忠臣・結城宗広のこと…白河・関川寺へお墓参りに行ってきた件

福島県白河市の関川寺。ここに南朝の忠臣・結城宗広の墓所があった。関川寺は白河結城家の菩提寺で、開基は宗広と伝えられている。かつてここは結城氏の館だったと考えられており、鎌倉後期の土塁や堀が遺されている。

足利尊氏はなぜ、後醍醐天皇に反逆したのか

足利尊氏について続き。尊氏が鎌倉幕府を裏切ったのはまあ、よしとして、後醍醐天皇、建武政権に反逆した理由はなんだったのか。呉座勇一編『南朝研究の最前線』 にあった掲細川重男さんの論考を読んだので、わしの考えも備忘録的に書いてみたい。

足利家時の置文……足利高氏が鎌倉幕府を裏切った理由とは?

しかし、足利高氏はなにゆえ、鎌倉を裏切ったのじゃろうか? まさか、わしの愛犬に噛みつかれたことを根にもったとか? それとも、父・足利貞氏の喪も明けぬうちに、笠置攻めを命じ、仏事もろくにさせなかったことを恨んだのか? それとも……

足利尊氏の肖像画が発見された件

朝日新聞デジタルに、足利尊氏の顔、これで決まり? 中世肖像画の写し発見というニュース。専門家は「尊氏の顔がこれではっきりした」と話しているという。

覇府の最後のリーダーといえば、江戸幕府は徳川慶喜、室町は足利義昭、鎌倉は北条高時!

一年に一度やってくる「鎌倉の一番長い日」。今日、5月22日は新田義貞の鎌倉攻めにより、北条一族が自刃、鎌倉幕府が滅亡した日。正慶2年、西暦でいうと1333年のことじゃよ。

足利義政はそんなに無能な将軍だったのか?

呉座勇一氏の中公新書を読んだのをきっかけに、応仁の乱について備忘録的に書いていくシリーズ。今日は将軍・足利義政についてじゃよ。

細川勝元と山名宗全 応仁の乱の東西両軍の総帥のこと

呉座勇一氏の中公新書を読んだのをきっかけに、応仁の乱について備忘録的に書いていくシリーズ。ペースがだいぶ遅いけど、今日は両大将・細川勝元と山名宗全についてじゃよ。

御霊合戦…畠山義就と政長の不毛なお家騒動と応仁の乱のはじまり

呉座勇一さんの中公新書を読んだのをきっかけに、応仁の乱について備忘録的に書いていくシリーズ。まずは乱の直接的なきっかけになった畠山氏のお家騒動についてじゃ。ちなみに写真は今年の正月に行った上御霊神社。文正2年(1467)1月18日、ここ御霊の森に…

鎌倉幕府滅亡後、北条与党はかく戦えり

元弘3年(1333)、北条高時以下一族門葉は、新田義貞に攻め込まれ、東勝寺の炎の中で自刃。鎌倉幕府は滅亡した。じゃが、その後も北条与党はさまざまな思惑をもって各地で蠢動する。今回はそのあたりを少々。

『髑髏皇帝』ー宿命に翻弄された北条時行、足利直冬、楠木正行を描くホラー小説

南北朝時代を舞台にしたホラー小説『髑髏皇帝』(田中文雄著、講談社)が電子化されていたのでキンドルで購入し、先ほど読了。最初はふつうの時代小説、歴史小説風じゃったが、途中から一転して怨霊どもが跋扈する展開に。なんかもう勢いで読了してしまった…

北条時行、南朝に帰参〜ただ尊氏・直義等が為に、其恨を散ん事を存ず

久しぶりの鎌倉北条氏ネタは高時が遺児・北条時行について。鎌倉幕府が滅亡した折、諏訪盛高に守られて信州へと逃れた亀寿丸こと北条時行。その5年後、中先代の乱決起し、一時は鎌倉の奪還に成功する。じゃが、あっさりと足利尊氏に鎮圧され、再び敗走する。

人世虚しい応仁の乱

昨年末あたりから、中公新書の『応仁の乱』(呉座勇一著)が売れてるらしい。「なんで今、応仁の乱?」と思わんでもないが、とにかく売れているらしいので、わしも読んでみたのじゃが……かなり厄介な代物じゃったぞ。