北条高時blog 闘犬乱舞。

うつつなき太守による歴ヲタの備忘録です

権謀家・三浦義村のこと~三浦の犬は友をくらふ也

このシルバーウィークは連日の好天。そんな5連休に大河ドラマ草燃える」をみて、じめじめと過ごすのも一興じゃったよ。で、昨日のマツケンさんの北条義時公につづいて、今日は藤岡弘さんが演じた三浦義村についてエントリー。そう、御家人からは「友を食らう三浦の犬」ともいわれ、現代では源実朝公暗殺の黒幕と目されるあの食えぬ男のことじゃ。

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三浦義村の出自

三浦義村桓武平氏良文流三浦氏の当主である。義村が初めて史料に登場するのは「吾妻鏡」寿永元年(1182)8月11日条である。政子さまの安産祈願のため、伊豆・箱根両権現と近国の寺社に奉幣使を立てた記事の中に「三浦平六」という名前があり、これが義村とされている。

元暦元年(1184年)8月には源範頼を総大将とする平家追討軍に父・義澄とともに従軍している。これが史料で確認できる初めての従軍だが、頼朝公が挙兵したときには、すでに父・義澄とともに参加したものとみられている。

ちなみに「草燃える」では、北条宗時らとともに頼朝公と北条政子さまをひっつけようと、あれこれ画策するメンバーに入っていたぞ。

三浦の犬は友をくらふ也

義村は義時公とつねに協調関係をみせ、畠山重忠比企能員が滅んだ際には討手の側にあったし、和田合戦では、はじめ同族の義盛に合力する起請文まで書いていたのに、直前になって裏切り、義盛挙兵の急を北条義時公に報せている。

「古今著聞集」には、これに関連して、こんな逸話が紹介されている。

建保2年(1214)正月元旦、源実朝のもとに御家人たちが年賀に参上した。 三浦義村は、早くから来て上座にすわっていたところ、あとからやってきた下総の千葉胤綱が、いまだ若輩にもかかわらず、義村のさらに上席にすわった。すると義村は、 「下総の犬は自分の寝床も知らないようだな」 と言い放ったが、胤綱は平然として、 「三浦の犬は友を食らうぞ」 と応じたという。千葉胤綱は、従兄弟の和田義盛を裏切った三浦義村を痛烈に皮肉ったのじゃ。

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三浦義村は、源実朝公暗殺の黒幕か?

源実朝公が暗殺されたときは、下手人の公暁をいちはやく捕え、討伐したことから、その功により駿河守に任官した。ただ、公暁の乳母は義村の妻で、息子の駒若丸が公暁の門弟であること、実朝公殺害後、公暁は義村を頼っていることから、この事件の黒幕が義村であるとする疑惑は根強い。

承久の乱では、後鳥羽上皇の近臣だった弟の三浦胤義から決起をうながされるが、義村はこれに味方せず、けっきょく幕府軍の一員として胤義を討ち取っている。ついに三浦の犬は友だけでなく、兄弟をも食らったのじゃ。

その後、北条義時公が急死すると、義時公の後妻・伊賀の方が兄の伊賀宗光と画策し、実子の北条政村を執権に、娘婿の一条実雅を将軍に就けようと画策した「伊賀氏の変」が起こる。

三浦義村は当時の御家人の中でも最有力者で政村の烏帽子親。当然、この計画には賛意を示していたようじゃが、尼御台・政子さまの説得で翻意。泰時公の第3代執権就任と伊賀氏らの配流が決定される。

もっとも、この事件は尼御台よるでっちあげという説もあり、じっさい泰時公は後に伊賀氏を幕政に復活させている。

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幕府宿老としての晩年とその後の三浦氏

さて、尼御台が亡くなると、義村は幕府の宿老として執権・北条泰時を補佐し、いよいよ絶大な権力をもつ。幕府の有力御家人がつぎつぎと粛清される中、こうした地位をつくりあげた義村を悪辣だ、北条の犬だというのは、それこそ負け犬の遠吠えであろう。

ちなみに、藤原定家は日記「明月記」に、「義村八難六奇之謀略、不可思議者歟」と書いている。おそらく同時代人の義村評も、こんな感じで「不可思議者」と思われていたんじゃ朗。

延応元年12月5日(1239年12月31日)、三浦義村は死去する。あとを継いだ息子の泰村は泰時公からの偏諱で「泰」の字をもらい、さらには泰時公の娘を嫁とし、北条一門に列した。

さらに泰村は鎌倉幕府第4代将軍・九条頼経に接近し、一時は北条氏を凌ぐほどの権勢をほこるようになる。ここまでは義村の筋書きというか思惑通りに事は運んでいた。

しかし好事魔多し。三浦の権勢が強まれば北条との激突は必至となる。かくして時頼公のときの宝治合戦により、三浦一族は討たれ、義村の苦心も水泡に帰してしまう。これにて義時−義村対決は延長戦にもつれこんで決着し、以後、北条得宗家の専制が強まっていく。

要するに、足るを知るというか、何事もほどほどにしておかねばならぬ、ということじゃな。

えっ、そうじゃないのか?

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