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うつつなき太守(なりきりです)による歴ヲタの備忘録

「おんな城主直虎」、あの神回の衝撃からようやく落ち着いてきたので、感想を書いてみた

みなは大河ドラマ「おんな城主直虎」はみておるか? あの小野但馬守政次が次郎様に槍で処刑された「神回」の衝撃から、ようやく正気を取り戻したので、今日はこれまでの感想などを書いておこうと思う。

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小野但馬守政次に着せられた冤罪

まずは、なんといっても高橋一生さんが好演した小野但馬守政次のこと。わしも長年、大河ドラマをみてきたが、第33回「嫌われ政次の一生」はまちがいなく大河史上に燦然と輝く神回じゃったと思う。「太平記」でわしら北条一族の最期を描いた回を凌駕する衝撃、出来栄えじゃった。「地獄へ落ちよ、小野但馬」…まさか、次郎様自らが政次を槍で刺す展開は想像できなかった。

小野政次は井伊直盛の家老をつとめた小野政直の嫡男。史料では「小野道好」と記されておるが、末裔に伝わる系譜には「政次」とあるそうじゃ。ここではやはり、ドラマへの敬意もこめて「政次」とさせてもらおう。

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父の小野政直は井伊一門の井伊直満を謀殺した奸臣として知られている。大河では吹越満さんが演じていたが、宇梶剛士さん演じる直満が北条氏に通じたことをチクって、直満が今川義元に誅殺される場面が描かれていた。ドラマでも政直没後、政次は小野の家を嗣ぐが、井伊家を、そして何より次郎様を守るため、嫌われ役をあえて引き受ける役回りとなっている。じゃが、史実にみえる政次はかなりのワルw。

井伊氏親類衆の奥山朝利を暗殺したり、家督を継いだ井伊直親が徳川家康へ内通していることを今川氏真に讒言したり。あげくのはてには今川の威を借りて井伊谷を横領し、虎松の殺害をも企てている。じゃが、徳川家康が遠江に侵攻してくると、徳川に寝返った近藤康用ら井伊谷三人衆に攻められ、2人の息子と共に捕縛・斬首されてしまう。そして死後は怨霊となって祟りをなしたため、「但馬明神」として祀られたと伝えられている。

ドラマでは、これらの政次の行動は全て井伊を守るためだったという演出がなされていた。しかも高橋一生さんの熱演もあり、多くの視聴者が「これが本物の政次であってほしい」と願ったことじゃろう。

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今思い出しても衝撃のこの場面。高橋一生さんは小野と政次の雪冤を墓前に誓い、この大河にのぞんだらしいが、その目的は十分に達成されたのではないかと。そもそも、小野政次がどういう人物だったのかは歴史の闇の中じゃった。じゃが昨年、井伊美術館の井伊達人氏が発見した資料によると、政次は一方的に悪玉にされている節があるようじゃ。

発見された史料によれば、奥山朝利を殺害したのは政次ではなく、今川氏真の密命を帯びた大村弥兵衛高信という人であることがわかったらしい。また、井伊直親の内通を駿河に讒言したのは政次ではなく、直親の妻の父・奥山親朝ということも判明。なんでも、直親はたいへんなプレイボーイで、未亡人になっていた妻の姉とゲス不倫に及び、これに怒った奥山朝親が、直親を陥れたということらしい。

井伊達人氏は昨年末に「井伊直虎は次郎法師とは別人で、男だった」ということを発表した方で、近々、発見された史料をもとに、井伊直虎界隈の事実関係を明らかにする著書を出版されるらしい。まずはそれを楽しみに待ちたいと思う。

政次人気で割りを食ってしまった近藤康用 

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さて、小野政次の人気に対して、割りを食ったのが近藤康用じゃ。もとは今川氏に仕えていたが、武田信玄の駿河侵攻がはじまると、徳川家康に味方し、小野政次が横領していた井伊谷を菅沼忠久、鈴木重時とともに解放した、それゆえ彼らは「井伊谷三人衆」と讃えられ、龍潭寺には3人のお墓もある。なのにドラマでは井伊を陥れた敵役に描かれてしまい、「おのれ近藤!」「その毛、毟ってやる!」と罵詈雑言をあびせられてしまった。それこそ冤罪というものじゃな。

なお、近藤康用はすでに老齢であり、長年の戦働きのため、歩くのも不自由だったらしい。そのため以後は隠居状態となり、軍役は息子の秀用が担ったとされる。このあたりのネタもドラマでは拾われ、康用は次郎様の献身的な看護で歩けるようになるという場面が描かれていた。Twitter界隈では「殿が立った!」「クララが立った!」と大いに盛り上がった場面じゃが、制作サイドはこの騒動を想定しての演出であったことはまちがいないじゃろう。

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元亀3年(1572)、武田信玄が遠江に侵攻してくる。近藤秀用らは山県昌景の軍と戦うが、いかんせん相手が悪すぎた。井伊谷は山県軍に蹂躙されてしまう。じゃが、武田信玄は三方ヶ原で家康を破った後に突然死。徳川はどうにかこうにか、命脈を保つことになる。

その後、秀用は小牧長久手など幾多の戦いに参陣。小田原征伐では豊臣秀吉から軍功を賞賛されている。そして井伊直政(虎松)が徳川四天王の一人として台頭してくると、家康からその寄騎となるよう命じられる。じゃが、直政とはなにかとそりが合わなかったようで、やがて出奔。一時は命まで狙われたとか。まあ、これは直虎没後のことなので、ドラマには描かれないじゃろうが、直政には井伊谷支配をめぐる遺恨が残っていたのかもしれんな。

井伊谷のフィクサー、南渓瑞聞

井伊谷のフィクサーは、小林薫さん演じる南渓瑞聞。もちろん、実在の人物じゃ。南渓瑞聞は、井伊直平の次男もしくは三男といわれている。龍潭寺住職として、井伊直満が今川義元に殺害された後、亀之丞(直親)を匿ったり、祐椿尼(井伊直盛正室)と計り、次郎様を当主に推薦したり、この和尚さまの役回りはじつに大きい。ちなみに、一番弟子の昊天さんも、二番弟子の傑山さんも、いちおう実在の人物らしいが、ドラマの通りの人じゃったかまでは、わしは知らん。

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にゃんけい、かわいいw じゃが、にゃんけいも、なかなかの長生きじゃな。それとも、あの猫は2代目じゃろうか。

「明日には太守さまが死ぬかもしれぬ。今川館が焼け落ちるかもしれぬ」

ちょっと無責任というか、ヤケクソ気味じゃが、このドラマのキーになるセリフのひとつかも知れぬ。最近のわし、ピンチのときにはこのセリフを反芻することにしておる。人生、何がおこるかわからない。絶対絶命のときでも、諦めてはいけない。じっさい、今川義元は桶狭間でまさかの討死、盤石のはずの今川館も焼け落ちた。最強武田も信玄がぽっくり逝って滅亡したし、天下を手中におさめかけた魔王・織田信長も本能寺で死亡。最終的に天下を取ったのは豆たぬきの徳川家康で、気がつけば井伊は徳川譜代筆頭。そう、世の中、何が起こるかわからないもんじゃ。慢心せず、絶望せずに生きて行く。そういうことじゃな。

じつは乃木ヲタだった中野直之

矢本悠馬さん演じる「之の字」こと中野直之もまた、忘れてはならんキャストじゃ。矢本悠馬さんはTwitterで乃木オタであることが判明、これまた話題になっておったな。之の字が登場するたびに、なんか微笑ましいというか。「いつも同じ怒り方をしている」という指摘に対して、自身の演技を見直し、柴崎コウさんから「本気で腹が立った」といわれ、「やった!」と喜んだというような記事をみて、これまた、微笑ましいなと。

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中野の家は井伊氏の分家筋。父・直由は、桶狭間で井伊直盛が討死にしたあと、井伊氏の後事を任された人物じゃったが、曳馬城攻めで討死。父にかわって井伊を支えていく。

「所詮、おなごじゃな。わしはそのおなごに、一生ついていくつもりだったんじゃ!」 

 井伊の再興を諦めると次郎様に告げられたときの之の字のセリフには、わし、ホロリときたよ。そりゃあそうじゃ。衝突しながらも、次郎様を懸命に支えてきたんじゃからな。

直之は、後に虎松が徳川家康に謁見するときも随行したという。直之の没年は慶長10年、徳川秀忠が将軍になった年じゃ。次郎様はもちろん、直政よりも長く生きたことになる。以後、直之の子孫は井伊家重臣として、代々続いていったそうじゃよ。

寿桂尼「我、死しても今川の守護たらん」

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「死の手帳」で井伊をおいつめた、浅丘ルリ子さん演じる「おばばさま」こと寿桂尼も強烈じゃった。「おんな城主直虎」よりも「おんな大名寿桂尼」を見たかったという人も少なくないじゃろう。

寿桂尼は駿河国の今川氏親の正室で氏輝、義元の母。公家の出自で氏親、氏輝、義元、氏真の今川四代の政務を補佐した女傑じゃ。戦国の分国法として名高く、ドラマにも登場した「今川仮名目録」は、寿桂尼が中心となって制定したともいわれておる。北条政子さまと同様、尼御台さまと呼ばれた。

桶狭間で義元が討たれた後、没落する今川家を支えたのは、ドラマにある通り、やはり寿桂尼じゃった。寿桂尼は、死後は龍雲寺に埋葬するよう命じたというが、龍雲寺は駿河館の鬼門の方角。「我、死しても今川の守護たらん」という寿桂尼の執念・いや怨念が、あの「デスノート」にはこめられておったということか。寿桂尼の執念がまさに井伊を苦しめ、政次はその怨念の盾となったという見方は、さすがにオカルトすぎるじゃろうかのう。 

今川氏真を暗愚というな

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太守様、今川氏真にもふれておかねばならぬじゃろう。これまで、大河ドラマで太守といえば「太平記」の北条高時と相場がきまっておったんじゃが、このドラマで今川義元、氏真のふたりに完全にバトンタッチじゃな。

今川氏真といえば、後世の評価は散々じゃ。わしと同じで、政務は佞人に任せきりで、和歌や蹴鞠に溺れて国を滅ぼした人物として描かれがちじゃ。歴史の勝者たちは好き勝手に言うからな。まあ、じっさいのところはそのとおりなのかもしれんが、尾上松也さん演じる氏真が、ただただ堕ちていく様をみていると、他人事とは思えなくてのう。

「大名たちは、蹴鞠で雌雄を決するようにすればよいと思うのじゃ。揉めごとがあれば、戦の代わりに蹴鞠で勝負を決するのじゃ。さすれば人も死なぬ。馬も死なぬ。兵糧もいらぬ。銭も人もかからぬ」

「叱られるかもしれぬが、肩が軽うなった。桶狭間から10年、わしは身の丈に合わぬ鎧を着せられておった気がするのじゃ。これからは、わしのやり方でも舵取りができるような気がしてな」 

やはり、わし、他人事には思えんわ。 

時勢には、そう簡単に抗えるものではない。そんな中でも、自らの運命を素直に受け入れ、くだらんメンツやプライドなどは捨てて、戦国の世の終焉を見届けた氏真77年の生涯。父の仇に命じられて蹴鞠を披露したり、自分を裏切った天下人になったかつての部下と談笑したり、なかなかできることではないぞ。悟りきった僧侶のような、人間の円熟味を感じるではないか。夫婦円満もまた、うらやましい限り。

今川氏真の生き方は、わしにとってじつに興味深いゆえ、また別の機会に書いてみたいと思う。

龍雲丸にもモデルがいた?

龍雲丸についても、いちおう、ふれておくべきじゃろうかのう。柳楽優弥さん演じる龍雲丸は架空の人物で、当初、なんのために出てきたのかよくわからんかったが、ここへきて欠かせないキャストとなっておる。井伊家のご先祖様の井戸の前で、次郎様に口吸いしちゃうとか、なんかもう、わし、恥ずかしくてみてられんしw

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龍雲丸にはモデルとなる人物がいるという。それは、今川方の堀江城主・大沢基胤と連携して、奥浜名の堀川城に立て篭もった新田友作という人物じゃ。堀川城は今川の命により築かれた城じゃが、この戦いで新田友作は、尾藤主膳、山村修理、竹田左兵衛高正とともに、農民、雑兵を率いて立て篭もったとされる。ドラマでは「三河物語」にあるように、城内の者が「なでぎり」にされた様子が描かれ、龍雲丸だけ次郎の懸命な看護により蘇生している。新田友作もまた、城から逃れ落ち延びているが、その後、徳川に捕らえられ、処刑されている。

ところでドラマでは、尾藤主膳、山村修理、竹田左兵衛高正の3人は、しっかり登場しているが、新田友作だけは出てこない。それゆえ、新田友作が龍雲丸のモデルなのではないかと、こういうわけじゃな。ちなみに、新田友作は瀬戸方久と同一人物という説もあるらしい。このあたり、わしはよく知らんが、ドラマの制作陣も、次郎の恋話を盛り上げるために、いちおう、それらしい人物を創りあげたということなんじゃろう。

とまあ、他にも瀬名姫とか高瀬姫とか、関口氏経、瀬戸方久、奥山六左衛門などなど、気になる人物は多いのじゃが、きりがないので割愛させてもらうとして……

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当初、1年もつのか、などと揶揄された「おんな城主直虎」じゃが、どうしてどうして、じつに堂々たる面白さじゃ。視聴率がイマイチとかいわれるけれど、もはや視聴率で評価する時代ではないじゃろう。政次の最期となった「神回」も、この回だけをみて衝撃と感動を得られるかといえば、おそらくそうではないじゃろう。おとわ、亀之丞、鶴の子役時代からたんねんに積み重ねてきたものが、あの「神回」に集約されたわけで、計算され尽くしたシナリオ、演出に脱帽じゃ。まあ、スイーツ展開に困惑することもあったが、それがあったからこその、あの神回といえるじゃろうしな。

とはいえ、政次死後から今回までは、その余韻の中の回とも言える。物語は終盤戦、メインテーマは井伊家再興と井伊直政の成長ということになるじゃろう。つぎの盛り上がりは瀬名(築山殿)の殺害じゃろうか? 今後の放送も期待して待ちたいと思う。