北条高時blog 闘犬乱舞。

うつつなき太守による歴ヲタの備忘録です

帝、ご謀反。正中の変~大河ドラマ「太平記」第4回の感想など

いよいよ「正中の変」がはじまった。ちなみに今回は、わし、太守・高時も登場したぞ。

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騒乱の序章。その根本原因は皇位継承をめぐる内紛で鎌倉には関係ない!

アバンタイトルでも紹介されていたが、そもそも「正中の変」からはじまる騒乱の火種は、朝廷のいざこざにあったと、わしは思っておる。

後嵯峨上皇皇位継承者を決めずに崩御されたため、第三皇子の後深草天皇と第四皇子の亀山天皇の争いがおこる。そこで裁定が幕府に持ち込まれたんじゃが、鎌倉としてはべつにそんなんはどちらでもよく、両方の顔を立て「両統迭立」をもって争いを調停した。以後は、後深草持明院統と亀山の大覚寺統が交互に皇位を継承してきた。まあ、穏当な措置やとわしは思うが、ざんねんじゃが、両統のいがみ合いは続いていく。

ちなみに、後醍醐天皇大覚寺統。ドラマでは描かれていないが、わしは後醍醐帝は自らの子孫に皇統を継がせたいがため、ご謀反を決意したとふんでおる。「新しき世」だの「美しき世」だのと言っておられるが、どどのつまりはそういうことなんじゃよ、たぶん。

わしが愚かで闘犬や田楽にうつつをぬかしておったから、というのは後付けの理由なんじゃよ、じつは。

六波羅動く! 正中の変、起こる

かくして元亨4年(1324)9月、正中の変がおこる。ドラマでは佐々木道誉が内通したことをほのめかすシーンが描かれていたが、古典「太平記」では、別の逸話が記されている。

倒幕の密議に参画していた土岐頼員(舟木頼春)が、ある夜、妻に計画を漏らしてしまう。頼員の妻の父・斎藤利行は六波羅の奉行じゃから、これにて陰謀は露呈する。土岐頼貞・頼兼父子と一族の多治見国長は討ちとられ、日野資朝、俊基は捕らわれ、鎌倉へと送られることになる。

後醍醐天皇

「構えて鎌倉には二心なく……」

朝議の場で、北畠具行が準備した釈明書を披露すると、後醍醐天皇は「それは詫び状ではないか!そんなもの出せるか!!」と怒り出す。それをなだめたのが吉田定房じゃ。

「この世にはお上の叡慮をもってしても叶わぬことがあるものだと、時を待たねば叶わぬことがあるものだと、深く御心にお刻みいただきとう存じます…」
「朕には…六波羅を抑える兵すらない。時至らずか…」

吉田定房後醍醐天皇の乳父であり、北畠親房万里小路宣房と合わせて「後の三房」と呼ばれた人物。穏健な常識人であり、「吉田定房奏状」とよばれる意見書を奉呈するなど、討幕をすすめる後醍醐天皇をしばしば諫めておった。 

この老臣にいわれては帝も納得せざるをえまい。けっきょく、「朕は与り知らぬこと」と日野俊基らに罪をかぶせ、鎌倉へ詫び状を出すこととなる。

足利高氏は、うれしはずかし朝帰り

いっぽう、ドラマの主人公、若き足利高氏は一色右馬之介が心配するのをよそに、藤夜叉(宮沢りえちゃん!)との逢瀬から「うれしはずかし朝帰り」。

京都で高氏が日野俊基とつるんでいたことがバレて、六波羅の詮議があることをつげられても、「世の中は動く。六波羅ごときにむざむざ押し潰されてなるものか」と、わかったような強がりを言う始末。鎌倉では、事件を聞いた貞氏パパが釈明の手回しをしているというのに、この男、事の重大さがわかっていないようじゃな。

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ちなみに、高氏を詮議したのは六波羅探題北方の北条範貞じゃ。北条範貞は極楽寺流の支流・常盤流の当主で常葉範貞とも呼ばれた。歌人としての才もあったようじゃよ。

この頃の北条一門は伊豆の土豪ではなく、いちおう天下人。それゆえ、わしもそうじゃが文化的素養もある教養人じゃ。

範貞はその後、北条仲時と交代して鎌倉に戻るが、北条が滅ぶとき、わしとともに東勝寺で自害しておる。鎌倉が陥落する放送回にまた登場するのか。そのあたりも注目じゃな。

日野俊基、捕まる

そして、日野俊基にも六波羅の追手が迫る。旅の芸人一座の花夜叉は俊基を逃そうと、ましらの石を使いに出す。じゃが、俊基は、帝に害が及ばないよう、自ら罪をかぶる覚悟を告げる。

「良い世の中って、どういう世の中ですか」
「この世をつくる者が家を焼かれぬ世の中です。母親が子を残して殺されることのない、穏やかな世です。糸を紡ぎたい者が紡げる世です」

あ、いや、待たれい! そんな世の中、無理じゃからな。つくれないから。

じっさい、建武新政は、北条よりひどい世の中をつくってしまうんじゃ。俊基もよもや、そんなふうには思っていなかったじゃろうが、まあ、これだけは言っておこう。

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足利高氏、侍所に連行

六波羅の詮議をやり過ごし、追われるように鎌倉へ戻る高氏。鎌倉を目前にした帰路、すっかりアパシーになっておる。

「鎌倉へ戻り。また将軍の御座所へ相勤めるか。朝、格子戸をあけ、蹴鞠をし、執権殿や長崎殿の顔色を窺い、汲々として……。都をみるまえなら、日野殿に会い、帝を拝し、淀ノ津を見る前なら、執権殿の顔色を伺えたかもしれぬ。右馬之介、どうすればよい。わしは都をみてしもうたぞ!」
「都で白拍子に会った。白拍子の顔と名が、この頭の中から消えぬのだ。藤夜叉という白拍子の舞が、一夜のことよと、消えてはくれぬのだ」
「教えてくれー! 右馬之介!! いかがいたせばよいのじゃ~」

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なんとも頼りない御曹司じゃな。すっかり腑抜け、やる気を失っておるではないか。わしとけまりをするのがそんなに嫌なのか? またわしの愛犬にケツを噛まれるのが嫌なのかもしれぬのう。まるで、メンタルをやられて出社拒否するサラリーマンのようじゃないか。

そこへとつぜん、長崎円喜が差し向けた兵が鎌倉から高氏を捕らえにやってくる。かくして高氏は侍所へと連行されてしまう。

ちなみに「執権殿の命により!」などと言っていたが、これは、わしではなく円喜の指示によるものじゃからな。

わしは、めんどうは嫌じゃが…

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今回の事件にあたり、評定衆は、奉行を2人を都に上らせ、さらに詮議をすることに決したようじゃ。「当今ご謀反」という前代未聞の事件じゃ。円喜からは、慎重に対処するとの報告があった。

「奉行を送り、帝ご謀反と判明したときはどうするのじゃ?」
「はっ、関東より軍を送り、帝の退位を迫ります」

うーむ。長崎高資脳筋じゃのう。思慮が浅い。

「それはいかがかのう? さまでには及ぶまい。いやいや及ばん及ばん。思うてもみよ。朝廷に謀反があったとて帝に兵はおらん。何ができる。軍を差し向ければ金がかかる。つぎの帝も決めねばならぬ。めんどうよのう」
「ご案じなされますな。めんどうな儀は、この円喜が考えまする」
「それはそうよのう。この高時が14で執権に就いたときから、めんどうは円喜がずーっと考えてくれた。円覚寺におわす母御前もそうじゃ。母御前と円喜はわしの恩人よ」
「ははあ。ありがたきお言葉」

わしに大げさにひれふす円喜。こやつはやはりタヌキじゃ。もちろん、北条を第一に考える忠臣のタヌキじゃ。ありがたいタヌキじゃ。まあ、たまに、わしをないがしろにする故、イラっとするが、高資と違って頼りになるし、北条政権の大黒柱であることは間違いない。

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ただ、わしは事を荒立てるのはあまり好きではない。穏便に、穏便に、物事をすすめたいと、かねがね思うておる。

「さりながら、そのめんどうのうえに、また足利の小倅を捕らえて騒動をおこす。いかに円喜とて、ちと、めんどうがすぎるのではないか。爾来高時は騒々しいのが大の嫌いじゃ。そっとできぬのか。もっとそっと…」
「幕府がこれまで150年、まがりなりにも世を平らか治めてこられたのは何故でありましょうか。大きな敵をつくらぬよう、公平に人を遇したこと。それでも敵ができるのなら、大きくなる前に早めに潰してきたこと」

うむむ。円喜はやはり北条至上主義じゃ。円喜は足利を警戒しておる。そもそも、足利は、北条が代々滅ぼしてきた三浦や安達、和田らの残党をかくまって、万を超す兵を持っていると指摘する。それほどの兵を蓄えたのはなぜなのか。円喜は、此度の事件でそれがわかるかもしれぬという。

此はすなはち、足利をつぶす挑発ということか? 

もっとも、ここで足利をぶったたいておけば、北条も滅びることはなかったんじゃろうから、わしも甘かったといえば甘かったわけじゃがな。

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このころ、嫡男が侍所にしょっ引かれたとの報せに、足利屋敷も騒然としていた。

「馬引け!」

貞氏が乗り出す。本気を出すのか? 

はたしてどうなることやら。 それにしても足利の若殿は、じつに人騒がせじゃのうw